第二回シマッチュ先輩の情熱教室
文と写真 渡辺陽介
世界的建築家が、故郷・シマとの向き合い方を教えてくれた
さまざまな分野で活躍する先輩のお話が聞ける「シマッチュ先輩の情熱教室」。二回目のゲストは、世界で活躍する奄美大島出身の建築家・山下保博さんに来ていただきました。
奄美を出て首都圏に暮らすシマッチュを中心に、会場には多くの方が集まりました。シマの海をキレイにしたい!という会場からの声に、山下さんが愛を込めて具体的な提案を返すなど、まさに「情熱教室」と呼ぶにふさわしい議論が交わされました。

▲情熱教室二回目のゲストは、建築家の山下保博さん。とても気さくな兄ィなのですが、実は世界的に評価されているスゴい方なんです。
■故郷は遠くにありて思うもの?
山下さんが掲げた今回の授業テーマは、「建築家の役割とシマに向き合うこと」。
3.11の東日本大震災をきっかけに、自身の故郷である「奄美」と向き合うようになったという山下さん。愛する「故郷」に対する複雑な距離感は、会場に詰めかけたシマッチュとどこか共通するところがあるようです。会場の多くのシマッチュたちも、現在は山下さんと同じように外から奄美のことを見ている身。シマを離れて内地の風に揉まれて、やがて改めて故郷を思った時に、かつて見ていたものとは違う、新しいシマの姿が見えてくるようです。
山下さんの建築の仕事は世界的に評価されていますが、素人が言葉で理解するのはなかなか難しいと言われています。主催者側としてはその辺りの心配もあったのですが、授業はスライドを見ながら、非常にわかりやすい言葉で進みました。

▲スライドを使った授業。建築の知識がなくてもわかりやすい、丁寧な説明でした。
■捨てられていた地域の素材が、実は「宝」だったりする
山下さんの建築の大きな軸の一つが、「素材の開発」。建築というのは、新しい素材が開発されるとデザインの可能性が一気に広がります。例えば、最近よく見る都会の一面ガラス張りのビルなども、柱の代わりに「構造体」として強度を計算できるガラス素材が開発されたからこそ、実現できるデザインなのです。
山下さんは素材の開発に大きな情熱を注いでいるのですが、その目的は建築を「カッコよく」するためだけのものではありません。地域に埋もれて捨てられている素材を発見し、新しい建築の素材へと転化させることで、地域に新しいビジネスや価値を巻き起こす。時にはそのための起爆剤、装置となり得るものとして、建築を捉えています。

▲イタリアの「パンテオ」。こんなカッコいい建築が2000年前のものだなんて…!
この日お話があったのが、イタリアの「パンテオ」という2000年前の建物。屋根部分がコンクリート(2000年前なのに!)で造られているのですが、実はその強度を支えていたのが、コンクリートに配合されていた火山灰の「シラス」だったのです。
「シラス」といえば鹿児島県では「厄介者」として有名。現在山下さんは大学などと協同して、強度を持ち、環境にも優しいシラス入りのコンクリートの開発に取り組んでいます。
「シラスが降れば傘をさす」。これがネガティブな意味で使われているのが現状ですが、シラスのコンクリートが市場に流通するようになれば、傘を「逆さ」にしてみんながシラスを集めるようになる。そんな夢のような、でも遠い夢ではないお話をしてくださいました。
■建築は問題解決の起爆剤

▲エチオピアの日本文化会館。価値がないと思われていた物に命を吹き込むのが、山下さんの仕事の真骨頂。
もうひとつ象徴的なのがエチオピアでの仕事、「日本文化会館」。日本の島根で捨てられていた120年前の古民家の素材を現地に持っていき、それを元にエチオピアの伝統建築様式である円形の住居をつくりあげました。
「日本文化会館」だからといって「日本」を誇示するのではなく、地元で価値が認められていないもの(この場合はエチオピアの伝統建築スタイル)の「視点」を少しだけ変えて、本当は価値があるものなんだよ、と彼らに気付きを与える。この場所でショップを開いていいですよと声を掛けたところ、30倍以上の倍率で応募が殺到したといいます。見飽きていたはずの円形の住居に、エチオピアの人々が新しい価値を感じたのでしょう。
「僕はあなたたちに日本を渡したわけではなくて、あなたたちの技術を使って日本人の知恵を渡したつもりなんです。」これは文化会館のオープニングの際に山下さんが現地の人に送った言葉です。この言葉に、山下さんが考える建築の姿が現われているように思います。
ちなみにこの文化会館。建物そのものが水の浄化システムにもなっていて、この建築を通して人々の生活の質が変わる、そんなストーリーがデザインに組み込まれています。
エチオピア・ミレニウム・パビリオン(アトリエ・天空人HPより)
http://www.tekuto.com/works/2009/145/info.html
■キレイな海を取り戻すために

▲この日は山下さんから会場に「宿題」が出されました。
「シマ」らしい自然、街、村とはどんなものか。シマのどこを良くしていけばよいか。それぞれの問題意識を問いかけます。
「価値がない」と思われている物を新しい視点から観察し、新たな「価値」を与えること。これこそが山下さんの仕事の大きなテーマであり、この日の授業の主題でもあります。
身近に有りすぎて気が付かない地域の「宝」に、少し外の視点を持った人間が新しい視点を吹き込む。会場にいるシマッチュたちにも、シマを離れて初めて見えてくるシマの姿があるだろうと思います。
授業の終盤、会場との質疑応答で、砂浜が消え続けている奄美の海岸の話になりました。シマの先輩女性から出た、「キレイな海を取り戻したい」という切実な声。これに対し、山下さんは貴重な提言をしてくださいました。

▲山下さんの「宿題」で火が付いたのか、会場では熱い意見が飛び交いました。
やはり皆さんのシマを思う気持ちは強い!
まず、「否定はしない」ということ。土木事業であるテトラポッドもコンクリート護岸も、人々の生活を支えている大切な仕事であることは事実です。その上で、今度は海を再びキレイに戻すような土木事業にお金を回せないか。土木業者の仕事をただ否定するのではなく、新しい仕事を生み出すことで、共存共栄の道を探るという提言です。これも先ほどの「シラスが降れば傘をさす」と同じで、マイナスをプラスに転化する思考方法と言えます。
シマの過疎化に対しても、決してシマに魅力がないから起きているわけではないとおっしゃっていました。もっと単純な話で、生きる術の仕事がないだけだ、と。シマを美しくしていくことも大事なことだけれど、それと同時に生きる術のビジネスを起こしていくことがとても大切。そのためには「シマの宝」を生かすための、視点を変えた提案ができる人材が必要とのことでした。

▲授業の後は、恒例の懇親会。年齢を飛び越えた交流が、新しいシマの動きを創り出します。
■シマの外にいる者の強み
会場のシマッチュの多くは、シマのために何かをしたいと思っているようです。しかし、シマから離れてしまったことでどこか罪悪感を持ったり、「自分はシマの外に居るから」という遠慮の気持ちもあるのではないでしょうか。
今回の授業では、必ずしもシマに居続ける人達だけがシマの未来を創っていくのではなく、それぞれの立場、経験を強みにして、多様な視点を持ち寄ることの大切さを教えられた気がします。また、違った視点を持っているということは、各人にとって大きなチャンスであるとも言えます。
そして、3.11以降の大きな流れである「自分が出来ることをやる」こと。これまでマスメディアやその道のプロに任せっきりだった日常の様々な事柄も、もう一度自分のコトとして考え直して、自らがそのプロセスに積極的に関わっていくことも大切でしょう。これはシマに限らず、内地の生活においてもとても大切な視点のように感じました。
山下先輩、貴重なお話をありがとうございました。本当に楽しい時間でした!

▲懇親会の準備は来場者の皆さんにも手伝って頂きました。いつも支えて頂き、ありがとうございます。

▲この日は先輩女性陣から心のこもった差し入れも。やっぱり手作りは美味しいです。

▲この後、打ち上げへ。山下さんも交えて、みっちりシマトーク。懇親会だけで物足りない人は是非打ち上げにも来てくださいね。一気に仲良くなりますよ
オマケ(^_^;)
その後の打ち上げでもやっぱりシマトーク!白熱した議論はここでも!

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